ぼくとめぇと詩と湊太とコロとチェイスとシャッターの音と空と光。Personal diary of my family, our dog, the sound of shutter, and sky (in Japanese "sora").

予定日から10日が過ぎ、あまりおなかの中で大きくなりすぎてもいけないとの判断から
16日、陣痛促進剤を投与することに。

朝、簡単な手続きのあと、陣痛室に入院。
9時45分、投与開始。夕方6時までかけて、段階的に量を増やしていくとのこと。

ベッド脇のナースコール。「お手洗い行きたいんですけど~」にしか使わなかった気がする。

めぇには「余裕っぽかったら仕事行ってきてもいいで」と言われてたので、
とりあえずスーツで行ってたものの、やっぱりいつ何時…と思うと会社なんてどうでもよくって、
まだまだっぽいお昼すぎ、めぇがごはん食べてる間に自宅に着替えに戻った。

10:40。モニターで聞いていた心音が弱くなっていく。一瞬の緊張。
どうやら、体勢を変えたときに赤ちゃんの姿勢がちょっとおかしくなったようで、
へその緒から十分な量の酸素が送れなくなってしまったらしい。
しばらく酸素マスクをしているうちに、また元気な音を聞かせてくれるようになった。

よかった。

心音とおなかの張りを監視しているため、
トイレに行くときは、装置を幼稚園児みたいに
斜めがけしておでかけ。
用意されていたピンクの服に照れ笑いを見せる、まだまだ余裕の表情のめぇ。

当日の出産予定は、自分たちだけだったため、ふたりの最後の時間を楽しく笑いながら過ごすことができた。

夕方4時を過ぎてトイレに行ったら、どうも破水っぽい兆候。

少しずつ痛みを感じるようになってはいたものの、予定の6時までは薬の投与を続け、
本格的な陣痛が来ぬまま時間切れ。
明朝、また仕切り直しで始めましょう、ということで初日は終了。

のはずだった。

6時を過ぎたころ、大阪に住むめぇのおばさんが病院に。
このくらいからすこーし痛みが強くなり、めぇも体に力が入ってしまってた。

19:10。https://twitter.com/#!/dcpndsgn/status/81305970566901760

時間ごとに担当してくださる助産師さんが入れ替わっていく中、
妊娠中の定期検診で「あの人、恐そうやったよねー」と言ってた人がやってきた。

変に力の入ってためぇさんに
そんなに無理に我慢してたら赤ちゃんにとってすごく負担になってるよ、
力を抜いて、深呼吸して、ほら、今痛み来てるでしょ?もうすぐ引いていくよ…どう?わかった?
そんな風に優しく語りかけてくれ、印象は一変。
主任さんだったことを後で知った。
長い間看護師をされてたおばさんも、あの人なら安心して任しておけるわ、と言って面会終了の8時で帰られた。

ふたたびふたりになってからは、腰をさすったり押したり、
さきほどの看護師さんがアドバイスしてくれるいきみ逃しの方法をあれこれ試してみる。
圧迫する位置が違うかったり、髪をゴムでまとめるのがうまくできなかったり、
何度かめぇにイラッとさせたみたいだけど、それも今思えばいい思い出。

そして

6月17日午前0時13分。分娩室へ。

扉の前で待たされた十数分間がいちばん長く感じた。

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生まれた。

2011年6月17日午前1時43分。

2580g、46.2cm、
予定日より12日も長くおなかの中にいたのに、思いがけず小さな小さな女の子が生まれた。

はじめて経験する出産。間近で立ち会った。
分娩室に入って約1時間半。
あっと言う間だったようにも感じるし、長かったようにも思う。

もっと荒れ狂うくらいの痛みがめぇを襲うものだと思っていたけれど、
いや、きっと襲っていたんだと思うけれど、それを感じさせない落ちつきっぷりで、
めぇはゆっくり少しずつ赤ちゃんをぼくたちの世界に連れてきてくれた。

はじめまして。エコーで見た横顔、うんうん、こんな顔だったなぁ。
まだまだ未熟なぼくたちだけど、きみが進んでいく未来を全力で支えていくと誓うよ。

そしてめぇ、本当にありがとう。おつかれさま。
わからないことは山積みだけど、ゆっくりひとつずつ経験して、ぼくたちも親になっていこう。

ちなみに、この写真の前に、分娩台のすぐ近くでカメラを構えて、
前述の主任さんに「ダメって説明受けてますよね?」と怒られたのはぼくです。

やっぱり恐かった。

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